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 記事の件名: 日本軍が捕虜におこなったこと!
投稿記事Posted: 2017年12月22日(金) 05:29 
登録日時: 2011年4月08日(金) 17:29
記事: 12
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日本軍が捕虜におこなったこと!中韓寄りの話ばかりで鬼畜イメージの日本軍ですが、こういうエピソードはいかがですか?ずいぶん省略しました。詳細はコチラで見れます。http://u1sokuhou.ldblog.jp/archives/50343104.html100年前の誓いの金貨 日ロ戦争では、日本がロシアの捕虜に人道的かつ寛大な対応をしたことで知られています。 中でも、愛媛県松山市の俘虜収容所は有名。瀬戸内の気候は温暖。人の心も優しい。そして、捕虜の外出は自由。温泉に入ることも可能で、既婚者の将校はロシアから妻を呼び寄せ、一般家屋に住むことまで許され、市民との交流も盛んでした。 『捕虜は罪人ではない。 祖国のために奮闘して破れた心情をくみとって、一時の敵愾心にかられて侮辱を与えるような行為はつつしめ』 これは当時の愛媛県が県民にあてた勅諭。松山は捕虜にとって、楽園のような場所だったのです。 この話は、母国から前線の兵士にも伝わり、降伏・投降する際には「マツヤマ、マツヤマ」と日本軍に叫ぶロシア軍兵士が続出したといいます。 2010年の松山市。 松山城の二の丸にある防火用水を兼ねた古井戸より、表面にロシア語とカタカナが刻まれたコインが見つかりました。1899年製造のロシアの10ルーブル金貨です。 ロシア語は人名で「M・コスチェンコ」。カタカナは「コステンコ・ミハイル」それに「タチバナカ」と読めます。(略) 私が計算してみたのですが、当時の10ルーブル金貨の価値は、現在の日本円で25万から30万円程度になるようです。余程の覚悟がないと、井戸に投げ込める額ではありませんよね。 (略)当時の日本赤十字社の看護婦で、捕虜収容所に勤務していた「竹場ナカ」さんです。 さらに、1904年の海南新聞に二人が恋愛関係であったことや、その後、別れざるを得なくなったことをうかがわせる記述が見つかったのだそうです。(略) 色々と想像のかきたてられるところですが、故人のプライバシーに配慮して、それ以後の調査は控えられたとのこと。 http://www.47news.jp/CN/201002/CN2010020901000751.html http://www.mcvb.jp/topics/?p=355 http://www.botchan.co.jp/coin/story.html 時代が若干違えど、同じ日本軍なのにずいぶん中韓の日本軍像とかけ離れてると思いませんか?是非ご感想を・・・。


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